レットはその意味を理解せぬままに、いつかこの記号を口ずさんでいた。そしてけっきょく、彼の理解しうる範囲で、現状に利用可能な文書をい泰國旅行團ちおう確保したように考えた。もちろん、懐疑心のつよい精神病医たちを、これだけの資料で納得させるのは困難であろうが、それには日をあらためて、彼らの全員をひきつれ、もう一度、組織的な調査を行なえばよろしい。きょうのところは、隠された実験室の所在をつきとめる仕事が残っている。かく考えた老医師は、石油ランプのともったその部屋にカバンをおいて、ふたたび暗黒の通路にひき返していった。そこの高い天井では、休みなくつづく悲痛な号泣の声が、鈍い、不快なこだまをひびかせている。
 またも老医師は、奥にならぶ拱路をひとつひとつ確かめていったが、なかの小室はどれもみな、崩れかかった木箱と無気味な色を漂わせた鉛の柩で満たされていた。一半世紀以前の襲撃隊も、これらの物を目のまえにして、驚きおののいたにちがいなかった。その内容物が、当時、いずこともなく姿を消した黒人奴隷と水夫たち、そしてまた、新旧両世界のいたる土地であばかれていた墳墓の主であることは推測するまでもなく、そのおびただしい数量からして、ジョゼフ・カーウィンの行Neo skin lab 美容動範囲が想像以上に大規模であったのを知るのだった。しかし、ウィレットはこれについては考えぬことにきめて、さらに通路の奥へと足を伸ばした。一度、右手の壁がひらけて、大きな石の階段が現われた。彼の降りてきた石段が、傾斜屋根を持つ農場母屋からのものであるとしたら、この第二の石段は、高い個所に細長い割れ目めいた窓をそなえた付属の石造建物へ通じていたものと考えられる。
 さらに奥にすすむと、突然、前方の壁が崩れ落ちている個所に到達して、同時に、悪臭と号泣がいちだんとはげしくなった。そこは非常に広いホールになっていて、懐中電燈をかかげても光線が奥まで届かぬ規模であり、ところどころに頑丈な石柱が立ち、高い天井を支えている。
 中心部と思われるあたりに、イギリスのウィルトシャーにある石器時代の遺物といわれる|巨石柱の集落《ストーンヘンジ》に似て、柱が二重環列を描いて建っているのを発見した。その中央に、三段のステップをそなえ、奇怪な彫刻をほどこした祭壇がしつらえてある。老医師は歩みよって、懐中電燈の光で、てみた。しかし、それをひと目見るや、あまりにも醜悪なものの姿が写し出されているのに、思わず慄然とした。それでいて、なおも目を近づけ、精細に観察せずにはいられぬものがあった。壇の上部は黒いしみにおおわれて、表面の色が変わり、ところどころで細い糸となり、側面にしたたり落ちた痕を見せている。
 つづいて彼は、このホールの向う端と思われる個所まで足を運んだ。そこでは、壁が巨大な半円を形づくり、その壁面に、無数といえるほどの漆黒の穴が口をあけていた。どれもみな、鉄の格子が嵌《は》めてあり、懐中電燈の光を浴びせると、なかが奥行きの浅い小室になっていた。背後の壁から石が突き出て、そこに鉄鎖が垂れ下がっているのは、囚人の手首足首をつなぐためであったのだろう。しかし、いまはどの部屋も完全な空《から》だった。それでいて、なかから異様な臭気Pretty renew 旺角と無気味な呻《うめ》き声がながれてくるような気がする。事実、ここでのそれは、以前よりさらに烈しく、しかもときどきは、足を踏み鳴らすような物音さえ聞きとれるのだった。